今更ながら、文庫Xを読んでみました。
Ⅰ.概要
5人の少女が姿を消した。群馬と栃木の県境、半径10キロという狭いエリアで。同一犯による連続事件ではないのか? なぜ「足利事件」だけが“解決済み”なのか? 執念の取材は前代未聞の「冤罪事件」と野放しの「真犯人」、そして司法の闇を炙り出す――。新潮ドキュメント賞、日本推理作家協会賞受賞。日本中に衝撃を与え、「調査報道のバイブル」と絶賛された事件ノンフィクション。
Ⅱ.文庫X
2016年夏、それは盛岡の小さな書店から始まった。タイトルを隠し店頭に並べられた、810円の文庫本。表紙を隠すように覆われた書店員の言葉から分かるのは、それが小説ではないということと、彼のこの文庫を手に取ってほしいという熱意だった。そしてその熱意は、ネットの海を席巻し、2016年の話題の一冊となるのである。
Ⅲ.こんなにも熱意のある人がいるのか
さてこの文庫Xとして売られていたこの本も、12月にタイトルを公表して売られることになる。「殺人犯はそこにいる」、前代未聞のDNA再鑑定により17年間の時を経て無罪判決を受けた事件である。そして本書は、このDNA再鑑定を実現させたと言っても過言ではない清水潔氏が、そこに至るまでの経緯と、そして真犯人は誰かを追ったドキュメンタリーである。
本書は清水氏が、「ACTION 日本を動かすプロジェクト」という報道特番に関わることから始まる。そこで北関東で連続して発生していた連続幼女殺害事件に目をつけるも、内1件が解決済であることに疑問を持つ。果たしてこの事件の犯人は本当に菅家氏なのか、幾度も警察の不祥事を暴いてきた清水氏は、その確証に迫っていく。
読み終えた率直な感想としては「清水氏の熱意に感服」である。そして、検察や警察の事務的一辺倒であり、杜撰な操作と対応に憤りを覚える。確かに当時のDNA調査における技術的な問題点が一番の要因かもしれない、しかし再審請求や真犯人追求に対する検察の態度や、尋問とも呼べる菅家氏への取り調べは、素人目に見ても「自らを守る」という検察・警察の都合が優先されているようにしか思えない。そんな権力に真っ向から立ち向かい、真実を求め奮闘する清水氏の行動は私の様な小市民には到底できない、いや考えもつかないものである。
Ⅳ.真犯人は誰なのか
本書では足利事件の無罪を勝ち取りつつも、それは過程でしかない。何故なら、元々の出発点は北関東で起こった連続幼女殺害事件の犯人を見つけ出すことであり、足利事件はそれを否定する一因に過ぎないのである。
本書は後半、真犯人である「ルパン」に迫り、清水氏はその「ルパン」と接触、DNA鑑定で被害者から検出されたDNAとルパンのDNAが一致することを突き止めている。そう、清水氏は警察が出来なかった真犯人を特定するに至っている(ただ、検察側のDNA鑑定結果が異なるため確定ではないが)。
しかしながら、この一連の事件における犯人とは「ルパン」なのだろうか。実行犯は確かにルパンなのかもしれない。しかし、杜撰な操作により管家氏を犯人と断定し、解決事件として扱い碌に捜査も行わなかった警察・検察も、この事件の共犯者とも言えるのではないのだろうか。無罪前は口高らかに「殺人犯は管家だ」と言っていた警察官・検察が、無罪確定後は口を閉ざし謝罪すら行わないその態度に、小市民である私としては不信感を感じざるを得ない。
Ⅴ.間違いなく名著
普段は小説しか読まない私だが、この本は本当に素晴らしいと思う。事実は小説よりも奇なりと言うが、ジャーナリストである清水氏が、周りを、日本を巻き込んで問題を提起し一人の人間を救う、これが事実というのが信じられない。
フォーブスで「世界に影響を与える100人」という様な特集で、アメリカの大統領や大企業の社長が取り上げられているが、私は彼らがどう世界に影響を与えるのかわからない。いや、勿論その発言ひとつが世界の経済や政治に影響を与えるのはわかるのだが、それはあくまで「米国大統領」「社長」という肩書きが影響を与えるのではないだろうか。本当に一個人という意味で影響を与えられる人間がどれだけいるだろうと考えると、清水氏はそれが出来る数少ない人物であることを本書を読み実感する。
この本は名著だ。久々にそんな作品に出会えたと思う一冊。盛岡の書店員ではないが、人にも勧めたい一冊である。