雨の日の大人たちは

「100食」「100本」「100冊」「100記事」をテーマに、ダウナーなアラサーが日記書いています。

(書評)恒川ワールド全開の「竜が最後に帰る場所」(著者:恒川 光太郎)

 定期的に読みたくなる作家。

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Ⅰ.あらすじ

しんと静まった真夜中を旅する怪しい集団。降りしきる雪の中、その集団に加わったぼくは、過去と現在を取り換えることになった―(「夜行の冬」)。古く湿った漁村から大都市の片隅、古代の南の島へと予想外の展開を繰り広げながら飛翔する五つの物語。日常と幻想の境界を往還し続ける鬼才による最重要短編集。(amazonより)

 

Ⅱ.素晴らしき恒川光太郎の幻想世界

 恒川光太郎といえば夜市でしょう。

夜市 (角川ホラー文庫)

夜市 (角川ホラー文庫)

 

  日本ホラー小説大賞を受賞した本作は、その後の恒川光太郎ワールドを決定付ける作品にもなりました。幻想的でありながら、どこか親しみや哀愁を感じる世界観は、他の作家さんにはない独自の世界観があります。

 そんな彼は短編小説の名手であり、いくつかの短編集を発表しています。

 本作「竜が最後に帰る場所」は、2010年に発表された、恒川光太郎6冊目の短編集となります。

 

Ⅲ.各話レビュー

 では、短編毎に簡単にレビューしていきましょう。

(1)風を放つ

 バイト先の先輩の電話にでたマミ。自分を小馬鹿にするマミに主人公は嫌悪感を覚える。しかし、ふとした話からマミは「自分には人を呪い殺す力がある」と言い始めるーー

 こういう話も書くんだ、と誰もが初見なら思う作品でしょう。

 良い意味合いで言えば「甘酸っぱい」というか、ストレートで言えば「童貞くさい」というか、なんとなく新海誠が描きそうな、そういう世界観の作品でした。恒川光太郎が書いたといえば、あぁ中盤のあたりは確かに、と思うかもしれませんが、初見で見ても誰の作品かわからないでしょうね。

 ただ、読後感としては本短編集の中で最も良い、良作だと思います。

(2)迷走のオルネラ

 「家にいるろくでなし」に暴行を受けた少年。その少年を救うために現れた、オルネラ。弱きを助け、強きを挫くーー

 ある種のどんでん返し系作品なのでしょうか。

 暴行を受けた少年を、突然現れたオルネラが助けようとするシーンで始まる本作は、その後長い過去の話へと飛んでいきます。どう話が繋がるのか、と思っていると、まさかと思う人物が「オルネラ」だということに到達します。

 タイトル通り「迷走する」オルネラのたどり着く先は何処なのでしょうか。 

(3)夜行の冬

 さらさらと降り続ける雪の中、錫杖のシャン、シャンという音が響いている。その音に導かれ、主人公は冬にのみ行われる「夜行」へ参加することになる。山の中を歩きたどり着いた先は、元いた世界とは少し違った世界が待っていた。やがて、主人公は夜行を繰り返すようになりーー

 本短編集で最も素晴らしい作品であり、恒川光太郎の代表作である「夜市」「風の古道」にも匹敵する名作だと思います。

 情景描写もそうですが、恒川作品に共通する「小道の先に広がる非現実」の描き方が本当に素晴らしい。人生のちょっとした分岐点、ふと目にした路地の先には、もしかしたら今とは違う世界が広がっているのかもしれない。誰しもが思う、そんな発想を、恒川作品の幻想的な描写で彩っています。

 恒川光太郎色の強い作品であり、あなたの「恒川光太郎が読みたい欲」を十分に満たしてくれる傑作です。

(4)鸚鵡幻想曲

 ピアノを買った主人公は、ある日見知らぬ男に声をかけられる。男は昔から「擬態」を見破る能力があるという。虫や小動物、時には硬貨の集合体が、ポストや自動販売機、お地蔵様に化けている。男は、主人公の買ったピアノが「擬態」であるといい、その擬態を解き放ちたいと持ちかけるのだがーー

 本短編集にて、2番目に好きな作品。

 この話、2段階にて話が進んでいくのですが、その構成が非常に面白いです。その発想も面白いですが、「擬態」を解き放つ場面が非常に幻想的に描かれており、小説ながらもアーティスティックな世界を感じます。

 幻想小説として本短編集の中ではベストかもしれません。

(5)ゴロンド

 目覚めたのは水の中。多くの兄弟たちと共に生まれたゴロンドは、過酷な自然環境の中で生き抜いていく。徐々に成長し、仲間と出会うことで成長するゴロンド。しかし、彼の種にはある一つの使命があったーー

 表題作の「竜が最後に帰る場所」に該当する作品。

 若干のネタバレになりますが、主人公のゴロンドは「竜」です。この竜が、生存競争をかいくぐりながら成長し、立派な竜になるまでの物語を描きます。表題作ですが、既読感が強く、個人的には短編集の中でも1番の凡作でしょうか。

 

Ⅳ.夜市の次に読みたい

 とにかく「夜行の冬」がインパクト強い短編集でした。

 本作を読むだけでも、単行本一冊の元は取れると断言できるでしょう。恒川光太郎が好きなら尚更です。「鸚鵡幻想曲」や「風を放つ」も良作であり、非常にクオリティの高い短編集といって良いでしょう。

 「夜市」で恒川作品に触れた方に、次に読んでほしい 短編集としてぴったりかもしれません。

(100書評チャレンジ:42/100冊)

 

竜が最後に帰る場所 (講談社文庫)

竜が最後に帰る場所 (講談社文庫)