雨の日の大人たちは

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(書評)ネットのネタが傑作になった「横浜駅SF」(著者:柞刈湯葉)

 これはディストピアなのか?

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Ⅰ.あらすじ

改築工事を繰り返す“横浜駅”が、ついに自己増殖を開始。それから数百年―JR北日本・JR福岡2社が独自技術で防衛戦を続けるものの、日本は本州の99%が横浜駅化した。脳に埋め込まれたSuikaで人間が管理されるエキナカ社会。その外側で暮らす非Suika住民のヒロトは、駅への反逆で追放された男から『18きっぷ』と、ある使命を託された。はたして、横浜駅には何があるのか。人類の未来を懸けた、横浜駅構内5日間400キロの旅がはじまる―。(BOOKデータベースより)

 

Ⅱ.終わらない増殖を続ける横浜駅

 横浜駅は「日本のサグラダファミリア」といわれています。

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 開業当時の1915年から、横浜駅では大きな工事が断続的に計画・実施されていることから、今日に至る100年間あまりの期間完成しない駅となっています。

 それをネット上で揶揄する言葉として、同じく長期的な工事を行なっているスペインのサグラダファミリアになぞらえ、「横浜駅は日本のサグラダファミリア」という人もいるのだとか。

 そんなネット上のジョークを真面目に小説にしたのが、この「横浜駅SF」です。

 

Ⅲ.横浜駅SFはディストピアか

 本作の舞台は、増築(増殖?)が繰り返され、日本の本州全土を覆うまでに至った「横浜駅」が舞台となります。

 何処までも続く構造体が続く世界といえば、弐瓶勉の「BLAME!」を思い出しますね。

新装版 BLAME!(1) (アフタヌーンコミックス)

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  この横浜駅の舞台設定がとても面白いです。

 巨大アメーバの様に増殖増築を進める横浜駅ですが、その中では人々が暮らす社会が構築されています。工場もあれば住居・商店、飲食店もあります。

 横浜駅、という環境から無限の構造体には改札や案内板、無限に続くエスカレーターが登場します。ここでは「SUIKA」という機能を埋込まなければ強制的に外に出されてしまいます。

 しかし、一定の基準さえクリアできれば、外の生活よりも文明的な生活ができる環境下があり、秩序のある生活を送ることができます。その点に関しては、前述の「BLAME!」の世界がそこで生きる人間にとってディストピアだったのに対して、横浜駅SFの世界はディストピアとは言い難い、なんとも奇妙な世界に仕上がっています。

 

Ⅳ.鉄道の小ネタが面白い

 本作は、そんな増殖を続ける横浜駅を、ある使命を持った主人公・ヒロトが探索する話となっています。また、増殖する横浜駅を九州瀬戸際で食い止める軍人や、北海道の斥候アンドロイドが出てきたり、ストーリーは「横浜駅」の存亡に関わる事態までに発展していきます。

 そんなストーリーの本作ですが、とにかく小ネタが面白いです。

 横浜駅住人が埋め込んでいる「SUIKA」はもちろん「SUICA」が元ネタでしょう。また横浜駅に対抗するレジスタンス組織「キセル同盟」の「キセル」は、電車をタダ乗りする意味の「キセル」になぞらえています。主人公が手に入れる5日間横浜駅に滞在できる「18きっぷ」は、もちろん「青春18きっぷ」のことでしょう。

 こういう小ネタは、流石ネット発といったところでしょうね。そうした小ネタは、本作の世界観を体現するのに必要不可欠なアクセントとなっています。

 

Ⅴ.総評:ライトなSF小説として傑作

 あまりSF小説を読まない私でも、サクサクと読み進めることができました。

 ハードなSF小説だと用語の一つ一つが難解であったりで厳しいのですが、本作は難しい用語もなく、肩の力を抜いて楽しめる作品です。

 「全国版」と銘打った、横浜駅を舞台とした短編集もある様なので、そちらもいずれ読んで見たいと思います。

 普段本を読まない人にも気軽にオススメしたくなる、そんなSF作品でした。

(100書評チャレンジ:41/100冊)

横浜駅SF (カドカワBOOKS)

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