雨の日の大人たちは

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(書評)日本人なら覚える恐怖「ボラード病」(著者:吉村 萬壱)

 ホラー小説よりももっと怖い。

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Ⅰ.あらすじ

生れ育った町が忘れられず、人々は長い避難生活から海塚に戻ってきました。心を一つに強く結び合い、「海塚讃歌」を声を合わせて歌い、新鮮で安全な地元の魚を食べ、ずっと健康に暮らすことができる故郷―。密かにはびこるファシズム、打ち砕かれるヒューマニズム。批評家を驚愕・震撼させた、ディストピア小説の傑作。(BOOKデータベースより引用)

 

Ⅱ.芥川賞作家の描く寓話

 著者の吉村萬壱氏といえば、その奇怪かつ独創的な世界観が特徴的な作家であり、著作「ハリガネムシ」では129回芥川賞を受賞した実力派の作家である。

 彼の著作を見ると「バーストゾーン」や「クチュクチュバーン」等、独自の世界を舞台とした、ある意味で「ぶっ壊れている」世界の作品が多い。

 

 そんな彼の6作目の作品が、日本人にとっては身近に感じる出来事をモチーフとした寓話「ボラード病」である。

 

Ⅲ.身近なディストピア

 この作品は、ジャンルとしてディストピア小説に分類される。

 ディストピア小説といえば、最近映画化された禁書世界を舞台とした「華氏451」や、第二次世界大戦で枢軸国側が勝利した世界を描いた「高い塔の男」など、「IF」を描いた作品が多い。

 本作品も「IF」の世界を描いているのだが、それに気付くのは物語の中盤以降になるだろう。

 おそらく大半の読者の場合、中盤になるまではこれがディストピア小説なのかもわからない。小説の前半は奇妙なシーンが点在し、それが線に繋がるのがちょうど中盤あたりであり、そこで読者はこの世界、「海塚」という街の真実を知ることとなる。

 

Ⅳ.ホラー小説よりも恐ろしい

 この中盤から後半にかけてのストーリーの持っていき方、畳み方が素晴らしい。前半の奇妙な点が綺麗に回収されていくのはカタルシスを感じる。

 そして何よりも恐ろしいのは、真の海塚市の姿である。

 8年前、「ある出来事」によって一度は壊滅した海塚という街。そして、なんとか復興した街にはびこる全体主義的な思想。

 なぜこの街にこのような全体主義が根付いているのか、いや全体主義を取らざるを得なかったのかは、物語の全容が分かる頃に判明する。それは、日本人にとってきっと他人事ではない恐怖に感じるだろう。

 ホラー好きとしては「やっぱり幽霊より人間が怖い」という下手な文言は嫌いなのだが、本作を読むとそう感じざるを得ない、ホラーとは異なるゾクリとした恐怖を感じてしまう。

 

Ⅴ.日本人なら考えさせられる一冊

 「ボラード病」を読んだ後、まず単純に「これは凄いディストピア小説だな」と感じた。

 しかしその後、これを単純にディストピア小説として消化していいものだろうか、と疑問に思った。

 果たしてこの小説で描いた「海塚」は、本当に小説の中の世界なのだろうか。

 現実世界の日本でも、8年前のあの出来事に関してどれだけの人が未だ関心を持っているだろうか。あのF県の原発は、今どうなっているんだろう。被災者は、被災した街はどうなっているのだろうか。

 そういった事をいつの間にか過去にして、我々は2020年東京オリンピックへ向かおうとしている。

 果たしてそれは、小説の中で描かれた世界とどれだけ違うのだろうか。

 日本人の一人として、考えさせられる一冊となった。

(100書評チャレンジ:37/100冊) 

 

ボラード病 (文春文庫)

ボラード病 (文春文庫)