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雨の日の大人たちは

「100食」「100本」「100冊」「100記事」をテーマに、ダウナーなアラサーが日記書いています。

【23/100記事】あの頃、その頃『ねじまき鳥クロニクル』

特別お題「青春の一冊」 with P+D MAGAZINE
http://blog.hatena.ne.jp/-/campaign/pdmagazine

 光陰矢の如しとは私のサラリーマンになってからの時間の流れ方である。週が明け月曜日になったかと思えば瞬きをする間に水曜日、息をつく間もなく金曜日の夜がやってくる。土日はゆっくり出来るかと思えば、土日もあっという間に過ぎるのだから勘弁してほしい。

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  そんな中でも読書は人並み程度には読んでいる。とはいえ月に2冊程度、年間で30も読めば上等だろう。

 然しながら長編小説はめっきりと読まなくなった。文庫本で300ページ前後が丁度いい分岐点だ。それが上下巻なんてあった日には、余程の話題作でなければ手に取らない。

 長編小説を読むには準備と覚悟が必要だ。準備とは周りの環境。静かなところよりも寧ろ少しざわついている所が良く、加えてコーヒーが飲める環境が良い。覚悟とはその小説に貴重な休日を捧げる覚悟だ。ボリュームにもよるが、上下巻の小説なら少なくとも6時間は欲しい。本を読むのにそんな条件が必要な時点で、お前は本が好きなんじゃなくて本を読んでる自分が好きなんだよ、何て言われるかもしれないが、映画なんかとは違い、小説は「ながら見」が出来ないので、つまらない小説を読んだ時の時間を無駄にした感は半端無いのである。

 そんな準備と覚悟をしてでも読みたい長編小説は滅多に出ない。そんな非常に条件がいる長編小説を惜しげもなく読んでいたのが学生時代だった。

 

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 村上春樹「ねじまき鳥クロニクル」は単行本、文庫本共に3冊からなり、合計1200ページの長編小説だ。村上春樹8作目の長編小説であり、彼がプリンストン大学客員教授時代に執筆されたものである。周りと評判からするに、村上春樹作品の中でこの作品を1番だと言う人はあまり居ないだろう。村上春樹作品の中でも特に抽象的で、解り辛い内容となっている。

 そんなねじまき鳥クロニクルを読んだのは高校時代。村上春樹という作家を知り、図書館にある彼の作品を読みふけっていた頃だった。内容は抽象的で難解で、進んでいるんだか戻っているんだか分からない内容で、摑みどころもなくオチも無いような作品だったのだが、10年経った今でも何となく内容は覚えている。

 
 今ならこの作品を手にすら取らない自信がある。1200ページ? 一日が完全に潰れるレベルだ。
 きっとあの頃の僕らには、時間が無限であるように感じていたに違いない。だから今の私のように、本を読むのに条件付けや覚悟なんて必要なかったのだ。読みたい本を読むことが当たり前だったあの頃が、もはや遠い過去のように思える。
 
何もかもを損得勘定で判断し、やりたい事を前にして世間体や惰性で立ち止まる今の私を、あの頃の私ならどう見るのだろうか。ねじまき鳥クロニクルをみると、ふとあの頃の自分の視線を感じるのだ。