雨の日の大人たちは

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(書評)祝文庫化「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」

 村上春樹の小説「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」がいつの間にか文庫本化されていました。

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 Ⅰ.あらすじ

 多崎つくるは鉄道の駅を作っている。名古屋での高校時代、四人の男女の親友と完璧な調和を成す関係を結んでいたが、大学時代のある日突然、四人から絶縁を申し渡された。理由も告げられずに。死の淵を一時さ迷い、漂う様に生きてきたつくるは、新しい年上の恋人・沙羅に促され、あの時何が起きたのか探り始めるのだった。

 

Ⅱ.80Sシティボーイ的な主人公

 村上春樹作品の主人公は同一人物かってくらい似ている。大抵が孤独で、でもどういう訳か女性にモてて、パスタを茹でながら射精するような何処にでもいるような80年代シティボーイである。

 まーこのスタンスを情報化社会をひた走る2015年まで全く変えてこないのはある意味一貫していて素晴らしい。余りにも同じものだから、作中に登場した「スマートフォン」という単語が違和感バリバリだった。

 そんなシティボーイの多崎つくる君が、過去に絶縁した4名の親友に絶縁した理由を聞きにいく旅を描いたのが本作品である。

 

Ⅲ.良くも悪くも村上ワールド

 村上春樹の作品は人を選ぶとも言えます。長ったらしい人物描写や、何か空を掴むような会話文、意味ありげで意味がないような、理由があるようでないような、オチがあるようで無いようなそんなストーリー感を良いと感じる人も言えば、悪いと思う人もいます。

 今作もそんな村上ワールドを持った作品です。四人の親友が何故突然主人公と絶縁したのかは明かされるものの、それを仕組んだものが何故そのような動機に至ったのかは曖昧なままです。考察サイトではその真相が分析され、おそらくそれが真実だろうということが解明されていますが、作中では語られていません。まぁ推理小説ではないので明確化する必要はありませんが、だからこそ推理小説等を好む人からは「モヤ」っとしたものが残るでしょう。

 この作品で焦点を当てられているのは多崎つくる本人の成長と葛藤です。四人に絶縁状態を突き付けられて一度多崎つくるは死に、その後自らの力と灰田という友人の援助により生き返りました。しかし断絶した状態の人生というものは、結局のところ不可能であって、彼の中にしこりを残す形となります。そして恋人・沙羅にそれを見抜かれたつくるは、そのしこりを解消すべく巡礼に向かいます。

 この話は往年の村上春樹作品と同じく、他者と関わり合いながらも、突き詰めるところ主人公である多崎つくるの心の問題を描いています。

 

Ⅳ.巡礼は終わったのか

 ラストは巡礼の旅を終えた多崎つくるが、過去も現在も受け入れて一人の「多崎つくる」となり再び歩み始めるところで終わる。彼の取った行動がどのようになるのか、報われるのかそうでないかまでは描いていない(まるでノルウェイの森を思い起こさせるようなラストだ)。

 この巡礼が得てして終わったのかどうか、果たして人生の巡礼というものに終わりというものがあるのかは定かではないが、彼の一歩を踏み出すには十分な期間だった。あとは白樺の木立ちを抜ける、風だけがその結末を知っているのだ。

 

Ⅴ.現代の人間関係を描く

 今回の作品で非常に面白いと思ったのが、親友である5人の関係性を描いた点だ。正に親友であると思っていたグループは、実は互いが互いに役割を演じ、その関係性を壊すまいとお互いにキャラクターを演じているという設定だ。こういう心理描写というか、人間関係の描き方というのは非常に現代的臭くて、80Sボーイを描く村上春樹の作品としてはとても斬新な描写なんじゃないかと思う。いや、昔からグループの中で役を演じるというのはあったのかもしれないが、所謂「空気をよむ」文化というのは最近になって(良くも悪くも)言及されるようになってきた。

 村上春樹がそういうのを描くっていうのは何か違和感があって、だって村上春樹の主人公に親友と呼べる人間が何人もいるっていうのが不自然で、そこが斬新というか新鮮である。ある意味村上作品で一番のリア充なのかもしれない(まぁ直後に裏切られるのでどうかとも思うが)。

 

Ⅵ.総評

 さーて今年もノーベル文学賞を逃した村上春樹ですが、彼が受賞する日は果たして来るのでしょうか。ハルキストが報われる日は来るのか。

 少なくとも今作は村上春樹作品の中でも凡作ではありますが、久々に読んだ村上春樹は変わらないところもありながら、どこか時代が進んでいるようで新鮮な気持ちで読めました。僕も巡礼の旅に出かけようかなぁ。

 

評価:★★★★☆

 

(100書評チャレンジ:9/100冊)

 

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 (文春文庫)

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 (文春文庫)