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雨の日の大人たちは

「100食」「100本」「100冊」「100記事」をテーマに、ダウナーなアラサーが日記書いています。

青春の思い出って、コミュ障の学生生活に存在しないよね

コラム

トピック「図書館戦争」について

 

 有川浩の図書館戦争が、よもやここまで息の長いコンテンツになるとは思いもしませんでした。小説から始まり、アニメ化、劇場アニメ化、んでもって実写映画化です。これで二度目でしたっけ? 有川先生ももう一流のヒットメーカーですね。

 まぁ図書館とかいうと、僕が思い出すのは浪人中の地元の図書館のことでしょうか。

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  僕の地元には古臭い市立図書館があった。市役所と市立美術館の間に挟まれて立ってた図書館は、今思えばお世辞なりにも大きなものではい。ただその代り、とても広い自習室があって休日になると受験勉強をしに来る学生や、資格取得にいそしむ社会人であふれていた。

 その自習室に通うようになったのは僕が高校を卒業して、浪人生としてスタートした頃だ。当時僕は高校のやっている「専攻科」という塾のような、塾でないところで浪人生活を過ごしていた。勿論学校なので学校の先生が授業を教えてくれるのだが、それが僕にとっては何だか高校生活の延長戦のようで、どうにも締まらない浪人生活を送っていた。

 そんな頃通いだしたのが図書館の自習室だ。何せ通っていた高校は公立だから、土日祝日は図書館は解放されていない。でも家にいるとどうしてもだらけてしまう性分だった僕は、家から電車で30分もかかるその図書館で自習をするのが浪人中の休日の過ごし方となっていた。朝10時くらいに図書館につき、お昼ご飯を食べ、15時くらいには家に帰るのが定番の自習コースである。

 彼に出くわしたのは、そんな浪人生活が夏に突入しようとしている頃だった。何時もの様に勉強をし、昼休みにしようかと思っていた頃、後ろから肩を叩かれた。

「久しぶり」と声を掛けれたのは、同じ高校に通っていたSという同級生だった。2年の時のクラスが同じだった奴だ。こいつも浪人してたんだ、というのが第一印象だった。そういえば、3年になってクラスが別れてからは特に会話らしい会話もしていなかったっけ。

 一緒に昼食にしないかと誘われた彼に着いて行き、近くの夜はお酒を出すような小洒落た定食屋に入った。今思えばオフィス街にある何の変哲もない居酒屋のような場所だったが、当時のイモ臭い浪人生の僕には「こいつ、こんなお洒落なとこ行ってんだ」と驚いた。

 Sは近くにある予備校に通いながら、関東にある国公立大学を目指しているとのことだった。そこには他にも僕と同じ高校の奴らが通っていること、模試で受ける授業ランクが変わること、志望校のA判定を取ったが現役生はまだ勉強してない頃だから油断できないこと等、受験生の他愛もない雑談を交わした。

「俺も日曜日はここで自習してるんだ」とSは言った。塾でも自習室は空いているそうなのだが、図書館よりも席の競争率が激しく、現役生も休みの土日は特に人が多いらしい。だから図書館の方が席が見つかる可能性も高いし、いい気分転換になるのだという。

 食事を終えると、二人で図書館に戻り、混んでいたので別々の席に座った。15時になり、僕が彼のいた席を見るとまだ勉強していたので、荷物をまとめると「じゃあ」と挨拶をして家へと帰った。

 そして僕は、二度と図書館の自習室に向かうことはなかったのである。

 

 別に何という理由が無かったわけでもない。暑くなってきて図書館に通うのも怠くなってきたし、そもそも往復1時間あればその時間を勉強なりリフレッシュに使うべきであったのだけど、結局のところ私は億劫な人間関係から逃れたかったのである。

 私の人間関係の心情は「狭く深く」である。いや決して人間関係が嫌いなわけではない、当時の浪人仲間とはリフレッシュと称して結構なペースで遊びに行ったし、互いに励まし合って大学合格へ邁進していた。当時はそれが親友と呼べる間柄だった。しかしながら、私は今現在浪人時代に親友と呼んだ彼らが何をしているのか全く知らない。更に言えば、私は高校時代以前の友人が今現在何をしているのか全く分からない。

 

 単純に言うと、私は「人間関係リセット癖」のある人間なのだ。以前からの関係もそうだった。中学に上がれば小学の友達とは距離を置き、高校に上がれば中学が、浪人なら高校が、大学なら浪人が、というように以前の人間関係が全てリセットされてしまうのだ。

 しかしながら今のところ大学時代の友人関係が第一線で残っているのは、基本的に私が会社の人間関係大嫌い人間だからだろう。毎日顔を合わせるのもウザったいのに、休日まで進出してくる靴の底にへばり付いたガムのようにしつこい人間関係は私は嫌いなのだ。特に上下関係が苦手な私にとっては尚更である。

 図書館のS君とは2年の頃は良くしゃべる関係だったし、別に互いを嫌っていたり気まずい関係でもなかった。むしろ、一時的に部活動を一緒に取り組んだ仲間でもある(私は辞めてしまったが)。しかしながら人間関係が億劫になった締まったのは、それは既にS君との人間関係が過去のものとして清算されてしまったからである。過去は過去、時間とは無常なことに遡れないのである。

 まぁ一言で言えば「ある種のコミュ障」なのだろうが、割とこの癖に関しては某巨大掲示板で同様の意見が聞かれるのだ。中にはリセットした仲間のメアドをアドレス帳から消去するという猛者もいるから凄い(私は流石にそこまでしない)。まぁ病気なのかどうなのか定かではないが、この癖のお蔭で私は今まで高校以前の友人と同窓会をしたことがない。寂しい人間である。仮に結婚式を挙げた場合、私の友人席に「地元の友達」というカテゴリーは存在しないのである。

 蒸し暑くなった夏の日に、たまーに思い出すのだ。あぁ、何故私は次の週の日曜日も図書館に行かなかったのだろうか、と。まるでそのエピソードが今の自分の人間形成を表している気がするのである。時が経つほどに思い知らされる人脈の大切さ。人脈って、メンテしないと直ぐボロボロになって消えてくんですよね。まぁ最近はSNSで割と簡単にメンテできる時代ですが(私はそれすらもしませんが)。

 あぁ、ある意味人脈お化けのtefu君が羨ましい・・・。

 いや、あれに憧れたら末期かな、と秋の夜長に酒飲みながら図書館の思い出を振り返る、あと1ヶ月で28歳になるアラサーの雨男でした。